2005-08-01から1ヶ月間の記事一覧

トゥール・スレン博物館

ポル・ポト政権下、血の粛清の舞台となった当時「S21(Security Office 21)」と呼ばれたトゥ―ル・スレン刑務所。奥田さんは無念のうちに惨殺された人々の霊気が漂っているような気がするので遠慮させていただきたいと入口に残られた。 もと高校の校舎…

キリング・フィールド

頭蓋骨を納めた納骨堂に、まず目を奪われる。納骨堂の後方には、クメール・ルージュが虐殺し遺体を埋めたという穴が広がっていた。掘り返された穴の案内板には「首を刎ねられ首のない犠牲者166体」「裸の子どもと女性の犠牲者100体」などの表示がある。掘り…

一ノ瀬泰造の「墓」と称せられるもの

アンコールワットをめざし、戦場を駆け抜けたTaizo。あまりにアンコールワットから離れた場所に、その「墓」と称せられるものがあったので、アンコールワットを見ずして亡くなったのではないかという思いを改めて強くした。 また、墓石に記された「一ノ瀬泰…

天空の城ラピュタ:タ・プローム

巨大に生長した榕樹(琉球名:ガジュマル)に押し潰されるのではないかと心配してしまう寺院が、タ・プロームである。熱帯地域において、樹木の生長をコントロールしないと、どのようなことになるのかということを考えさせられた。樹木のもつ「生きる力」を…

Taizoが夢見たアンコールワット

カメラマンの一ノ瀬泰造は、アンコールワットを見ることなく亡くなったのだろうか? カンボジアへ来る前に、Taizoの「地雷を踏んだらサヨウナラ」を読んで来ただけに、アンコールワットを眼前にした時、改めてTaizoはアンコールワットを見ることができたの…

アンコールワット

テップ・クナル氏へのインタビュー

テップ・クナル氏は、ポル・ポト派(クメール・ルージュ)が、1982年に反ベトナム・反プノンペン傀儡政権を掲げて結成された「民主カンボジア三派連合」(ポル・ポト派+ソン・サン派+シハヌーク派)時代に、ニューヨークで国連大使を務めた方です。1991年…

植林

いよいよ「植林」。そもそも、私がイメージしていた「植林」というのは、はげ山の斜面に苗木を植えるものであったのだが、今回私たちが担当することになった場所は、その山に向かう道の両サイドに苗木を植えるものであった。「植林」ならぬ「植樹」であった…

カンボジアでの植林

地雷原訪問

バンティアイ・ミアンチェイ州マライ郡オーソンポー地区の地雷原M4633地域(18ha以上)を訪ねた。地雷除去に当たっているCMAC(Cambodian Mine action Centre)の方の話によると、1985年以降に埋められたもので、埋めたのは地域の支配権を維持しようとし…

国境の街:ポイペト

タイとの国境の街:ポイペトは、かつて地雷の濃密埋設地帯であったという。除去後には、大きなカジノが建設されている。タイ資本による開発のため、カンボジア領土にありながら、通貨はタイ・バーツしか使用できないという。街は非常に荒んでいて、入国早々…